若槻先生ご講演「学力格差の実態と効果のある学校」


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今回は学力格差について、4つの流れを通してみていきたいと思います。1つ目は、学力格差の基本的な概念や、日本の状況についてです。2つ目は、関西の状況についてです。3つ目には、タイトルにもあるような「効果のある学校、力のある学校」という考え方から、学力格差の縮小に成功している学校を紹介します。最後はまとめということで、持続可能な取り組みへ向けた課題をいくつか述べていきます。

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これは平成25年度全国学力調査の一部である、保護者調査です。親の収入や学歴、家庭の持ち物などの社会経済的背景を指標として4段階に並べた時に、学力にどれだけ差があるかが分かるものとなっています。小学校と中学校のどちらにおいても、高い社会経済的背景を持つ家庭の子どもの方が、正答率が高いという結果が見られますね。

教育社会学においては、最近は「メリトクラシー」と「ペアレントクラシー」という言葉で学力格差について説明しています。メリトクラシ―とは、現代の学校のように、努力すれば良い学校に入って良い仕事に就けることが信じられて作られている社会です。メリトクラシ―では、努力と能力の合計から自分ができること(メリット)によって人は評価されます。

しかしその「できること」は、実は親の影響力が大きいのではないか、という考えに基づくものがペアレントクラシ―です。ペアレントクラシ―において、子どもたちは実際に力や業績をつけるのだが、その背景には親の影響があります。したがって、教育機会とそれを実現する経済力が、子どもの業績を否定する社会となっています。さて、ペアレントクラシ―の「願望(親の希望)+富=選択」という方程式が少し面白く、隂山先生のお話とも関わるのですが、ペアレントクラシ―が作動するためには、「選択」ができないといけないのです。つまり、ペアレントクラシ―は都市部で起こりがちな現象で、地方に行くと、それほど機能はしていないという議論やデータがあります。このことから、学校選択や塾、経済状況など、親の力が学校に関係なく効くような地方と、学校の頑張り次第で何とかなるという地方と、実は分かれているのではないかということを注意しておきたいと思います。

それを踏まえたうえで、日本全体(学校だけでなく日本社会全体)でメリトクラシ―が非常に浸透していることをお伝えします。現在学校では、家庭に問題を抱えていても、子どもが学校で頑張りさえすればなんとかなると考えがちです。学校の先生は、子どもがしんどいことを抱えている家庭にいても、だからといってその子を特別扱いはしないことが繰り返し指摘されています。貧困層の子どもたちに必要なサポートを提供しない、それから最近増えてきている外国人の子どもたちが、学校で直面するハードルを「自分で頑張る」という問題にすり替える学校の存在が問題になっています。子どもたちの社会、経済的背景を見ずに、お金持ちの子だろうが貧乏な子だろうが、平等に教えるのが教師や学校によってなされているということが一般的になっています。

 

実は関西では、家庭背景が厳しい子どもたちを「特別扱い」する学校についてこれまで議論がなされてきました。例えば、同和地区の子どもたちの低学力問題について、何十年も学力調査やその他の取り組みが行われてきました。最初は、子どもたちがの長期欠席、不就学の問題が起こり、それが一定数を超えた後、1960年代から同和地区の子どもたちの低学力問題が浮上しました。その後、繰り返し学力調査や生活実態調査が行われました。その中で、自尊感情を高めることが学力向上につながるのではないかという議論や、学校と地域の連携の中で子どもたちを育てる提案もされてきました。これから紹介する「効果のある学校」は、これらの議論に基づいています。

「効果のある学校」は、アメリカのエドモンズという学者が、最初に広めたと思われます。定義としては「人種や階層に由来すると思われる 学力格差を克服している学校」です。一般的な学校は、人種や階層に由来すると思われる学力格差を縮小できない、学校の外にある不平等を克服できない、もしくは反映させてしまっています。でも中にはそうでない学校もあり、そういった学校の特徴が研究されてきました。日本では、2003年に初めて大阪のある小中学校がその「効果のある学校」に該当するとされ、その学校の特徴が「7つの法則」として提出されています。これについては後ほどお話させていただきます。

関西での学力の状況について、私がメンバーとして活動している大阪大学グループの調査を紹介します。

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1989年、2001年、2013年と、同じ対象校に同じテストの問題を使って分析を行っています。2001年に抜けてしまった学校があったり、2013年に問題を追加したりもしましたが、比較できる範囲のものとなっています。1989年から2001年にかけては、学力が低下しています。ところが2013年にかけては、中学校の数学の点数だけ下がっていて心配なところもありますが、若干学力の回復が見られます。1989年の小中学生は、今からすれば大分賢かったという見方もされています。学力回復の背景に何があったのかを考えると、まず勉強時間が戻ってきていることが挙げられます。

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1989年の子どもたちほどではないですが、2001年の子と比べると勉強時間が増え、テレビを見る子も減っています。スマートフォンという項目が用意されていなかったので、それが入るとまた別のことが起きると思うのですが、勉強はするようになっていることが見られます。次に、塾に通っている子と通っていない子でテストに差があるかを比べたものをご覧ください。

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通塾率は、意外にもあまり変わっていません。塾に行く子と行かない子の差というのは、1989年から2001年でかなり広がっており、2013年には縮んでいます。このことから、塾の影響力が弱まっているということが推測されます。

次に、どういった要因が一番学力に影響があるかを分析した表がこちらです。

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β(各年の真ん中)の絶対値が大きいほど、その要因が学力に与える影響力が強いということです。二つの年に共通して影響力が大きいのは、学習習慣となっています。2001年ではそれに加えて、通塾の有無や、親が大学に進学してほしいと思っているかの影響が強かったようです。2013年では、通塾の影響が弱まっています。学習習慣の影響が強まっているので、学習習慣がある子とない子の差が強まっていると思われます。余談ですが、男子であることがマイナスの影響を与えていることから、男子の方が学力は低いことが見られます。しかし、2013年にはその影響が弱まっていることから、2001年と比べて2013年には男子が少し頑張ったということでしょう。「学力をしっかりつけよう」という雰囲気がそこに影響したことが推測されます。

 

ここ10年で、学力が戻っているのではないか、学力格差の背景にある要因の影響が弱まってきたのではないか、学校で学力をつけることが戻ってきたのではないかと言われています。その結果を出した取り組みの一つとして、「効果のある学校」の考え方を紹介します。先ほど紹介したエドモンズの定義をもう一度見ると、「人種や階層に由来すると思われる 学力格差を克服している学校」とあります。これは、そのままであれば家庭環境の差が学力格差に反映されるところが、学校により縮小されている学校を示しています。単にテストの平均点が高い学校を指しているわけではないことを注意してください。平均点ではなく、到達してほしい水準をクリアしている割合が、人種や階層で分けた子どものグループごとで差が小さい学校のことを指しています。学力の低い子の人数が少なくて、結果的に平均点が高くなる学校は、効果のある学校ではありません。日本の場合、通塾の差を縮め、水準に達している子が一定数いるかどうかということで考えています。エドモンズは効果のある学校について、5つの項目を提示しました。

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その後「効果のある学校」の研究はいろいろなところで行われ、現在は5つの法則を枝分かれさせて作った11個の特徴があります。

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日本では、通塾している子とそうでない子の学力を同じにしているという大阪の学校をテストから抽出して、その学校の特徴をまとめた7つの法則があります。

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その後、「効果のある学校」を8つの項目からなる「力のある学校」という言い方をするようになります。その項目は、スクールバスモデルで表現されます。

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結局、力のある学校とは最初の教職員集団に関する二つの項目をしっかりやるというのが肝になっています。書いてあることは当たり前のことなのですが、教員一人一人で取り組むのではなく、学校全体で同じ方向を向いて頑張ることが、力のある学校だと私は思います。どのような学校が力のある学校なのかというと、変化に対して身軽に前向きに対応できること、一人で問題に取り組まないこと、子どもと教師の間でお互いが個性を認めて信頼し、一人一人が大切にされていること、そして学校の環境がきちんとしていることが特徴と考えられます。まとめると、力のある学校に大切なのは、気になる児童生徒を中心とした集団、人間関係づくりと、学校全体で問題に取り組む「思い」と「仕組み」を整えることなのです。

その延長線上で、教育行政でも成果を上げていることを紹介したいと思います。茨木市の学力テストの点数が上がっており、しかも目標として得点率が40%以下の子どもを減らすという目標を掲げています。さらにその中で学力だけでなく、ゆめ力や、自分力といった全人的な子どもたちの力を数値で計ろうという工夫もなされています。

 

最後に、いくつか課題を示したいと思います。まず、ウッティという人が、教職の専門性について、教育にかかわる他の専門家との間に成立する「協働的専門性」(地域の学校など)をこえて、教師が他の利害関係者(保護者や地域住民)と協働する「民主的専門性」の確立が求められるということを指摘しています。言い換えると、家庭背景が厳しい子どもたちやその保護者の願い、それから外国人の子とその親の思いをしっかり受け止めるとともに子どもを育てていこうという「民主的専門性」が必要ではないかということです。

2つ目の課題は、学校の実践の限界ということで、教師たちが忙しすぎることをどうにかしていかなければいけないということです。

3つ目は、今やっていることが長期的に子どもの人生にプラスになっているのかを考えなければいけないということです。受動的な学習姿勢を身に着けた子どもたちはどうなるのか、問題解決的な経験や共同学習の経験がなくて大丈夫なのか、人間関係を構築するスキルを習得せずして仲間を作っていけるのか、などの問題を含めて考えていかなければなりません。

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